最高に当たり前な自己完結
最後の休みの日をなんとなくダラっと終わっていくのが嫌で、夜になって柄にもなくジョギングに出かける。服装は、ユニクロで安く買ったウインドブレイカー。購入日、今日。「さあ走るぞー」と張り切って出かけたものの、日々の運動不足のせいですぐにウォーキングに変わる。
大通りに沿って15分くらい走り続けると、幅がめちゃめちゃ広い川に架かった長い橋にたどり着く。たぶん、渡りきるのに(誇張なしで)15分くらいかかる。それくらい本当に長い。
走れども走れども終わりが見えず、心が折れそうになってくる。
まるで人生。今まで通り過ぎた道が過去で、目の前に繋がる道が未来。あとどれだけ走れば終わりが見えるのか。
「もう引き返したい...」そう思った時、1つの考えが生まれた。
「ここで引き返したとしても、自分は過去に戻るのではなく、未来へ向かうのではないか。」
過去に戻ることはできないから、至極当然のことを思ったまでだ。
けれども、これまで走ってきた道を振り返って一度引き返すことも、例えばこの橋から川へダイブすることも、まっすぐ走り続けるのと同じ、「未来へ進むこと」なんじゃないか。
後ろへ戻るのも良いし、思い切って既定路線から落伍するのも良い。
このまま走り続けるだけが未来へ進むことじゃないんだと、慣れない運動のせいで頭がフラフラになりながらたどり着いた結論。
当たり前すぎてなんの感動もないようで、今の自分を勇気付けてくれる考え方でもあった。
今日は一度引き返して、明日また今日よりも先に進むのも良い。もう二度とこの場所に戻ってこなくても良い。
自分が向かう先は、自分で決める。
短い休日
休みの日の空は、色が変わるスピードが異常に速い。
最近ポケットモンスターブラックのポケセン封鎖企画を始めた加藤純一によって、
オススメされて観始めたプリズンブレイクの主人公、マイケル・スコフィールドによって、
私の念願の休日は光の速度で過ぎ去ってしまった。
気づけば辺りは真っ暗。明日は仕事か。
年5日の有給休暇取得義務を果たしていない私は、来週の月曜に休みをもらうことになっている。つまり、明日1日だけ仕事すればまた週末の3連休を迎えることになるから、ぶっちゃけ人生easyモードだ。
そうは言いつつも、明日1日だけの仕事がどうにも億劫で、朝を迎えるのが憂鬱だ。
仕事、仕事、仕事...
毎日働き、小休息を挟みながら終わりの見えない道を歩き続ける我々は、どこに向かっているのだろう。
なぜ働くのだろう。なぜお金を稼ぐのだろう。なぜ生きるのだろう。
人生の目標なんてもの、あるのだろうか。
目標を持っている人が偉いとか、かっこいいとか、モテるとか
確かにそうなんだろうけど、そうじゃない人はいけないのかな。
楽したいとか、働きたくないとか、生きているのがめんどくさいとか考えるのは悪いことなんだろうか。
こんなことは、私が恵まれた環境にいるからこそ言えることだ。
親から何不自由なく育ててもらったからこそ、お金を稼いで少しでも親孝行したいと思っている。
けど、仕事の日々を生きる中で、たまに逃げ出したくなる時がある。
いつまでも暖かい布団の中で眠っていたい時がある。
毎日が戦いだ。平日の朝を迎えるのが怖い。
勝てるか負けるかギリギリのところで、日々戦っている。
さあ、開戦の時は近い。
最後の夜をお酒とともに過ごし、思う存分、現実を忘れよう。
【メンタリストDaiGo】気にしすぎを治す3つの方法
1. 気にしすぎが時間の無駄だということを認める
簡単そうだが、気にしすぎな人たちは「心配は良いこと」と思っている。心配することが大切な時間だと捉えている人が多い。これから起きることや未来に起きることへの準備を促してくれるため、不安や心配自体は悪いことではない。
大切なのは、心配した時にすぐ行動をしているか。
心配が行動につながっている場合は良いが、大抵の人の心配は自己批判や自己中な思考に繋がりやすい。これらは行動に結びつかないため無意味。
行動をし始めると心配や不安はなくなってくるのに、ほとんどの人は行動をしない。
2. 今ここに集中する
気にしすぎな人は、目の前のやるべきことや考えることを置いてけぼりにしてやらず、未来に向けて心配をする。心配とは、まだ起きてもいない未来に対する思考。
瞑想などで集中力を高めるトレーニングを行い、目の前のことに集中できるようになれば心配は消えてゆく。
3. マイナスディストラクションに気づく
気にしすぎな人は不快な感情を避けようとして気を紛らわす。心配や不安を軽減する唯一の方法は、それをなくすための行動をすること。
しかし、未来のことを心配しながらも行動をしない。めんどくさいから、手っ取り早く簡単なものに気をそらそうとする。これをディストラクションと呼ぶ。ディストラクションは一時的に不快な気分から目をそらすだけの効果で、長期的には心配を長引かせる結果につながる。
自分がマイナスディストラクションを行なっているかに気づくことが第一歩。
バナナムーンGOLD 7月17日 放送内容まとめ
【オープニングトーク】
・最近の日村
日村といえば「火球」か「包茎」/2,3週前に火球を目撃した日村/宇宙村にある隕石/ゲロみたいな宇宙食/平安京エイリアン
・妖怪のルーツ
平安時代には妖怪がいた/設楽は妖怪の話が大好き/日村は芸能の仕事をしてなかったら歯がない/誰しも〇〇妖怪/日村は包茎妖怪/妖怪床舐め/設楽は人を騙す妖怪/オークラは「妖怪うんこ見せ」
・藤井聡太、最年少タイトル保持者に
17歳で最年少タイトル保持者に/棋士の人はめちゃくちゃ頭良い
・17歳の時のバナナマン
2人が17歳の時日村は18歳/「妖怪1個下げ」/日村は高校生の時一人でザリガニ釣りへ/「妖怪ザリガニ食い」/ババ池・ジジ池/ザリガニを捕まえて戦わせる/鼻をトントン
・ミキサー猪野のtwitter
着実に増える猪野のフォロワー数/15人から5000人へ/中3が5760歳に/趣味の自転車についてのつぶやき/「どこまで行くかわかりません」/横浜の観覧車前での写真/よみうりランドの観覧車前でも写真/観覧車が見たい猪野/「妖怪キンタマ鳴らし」/中華街でハンバーグを食べる猪野/徐々に猪野と仲良くなり始める日村/カロリー表示を気にしているのにどでかい天丼を食べる猪野/何もつぶやかないADドロボー
・ライブグッズの話
日村は帽子が似合うようになった/昔はベースボールキャップが似合わなかった/設楽はワイナイナくらい頭が小さい/日村がキャップを深くかぶると魚雷
・メールテーマ「リスナーの17歳」
ロングコートを着て高校に登校していた日村/玉置浩二みたいなサイドバックだった日村/設楽は当時ツーブロック/ビートルズに憧れマッシュルームヘアーにしていたオークラ/日村は劇で主役を張ってた/文化祭のお化け屋敷でメインのお化け/学生時代にバナナムーンにハマるリスナー/ゲスい話しか出てこない/日村が読むメールはオナニー関係
【ヒムペキ】
ゴールデンボンバー『女々しくて』ド派手ライブバージョン
メンタリストDaiGo 切れかけたやる気と集中力を復活させる方法
「集中力が続かない」「やる気が戻ってこない」などの悩みを抱える人は多い。集中力の波をコントロールし、落ちてきた集中力を戻す方法がある。
人間の脳は、終わりが見えないものに対しては頑張れない構造になっている。逆に言えば、終わりが見えることによって頑張れるということ。本を読む際も、紙の本の方が頭に入りやすいし、キンドルよりも早く読み終わる。これは、紙の本では終わりが見える、あともう少しで終わるという感覚が脳のパフォーマンスを上げてくれているからだ。どれくらいで終わるかが遠すぎるとやる気がなくなるが、やる気が落ちてきたときに「あともう少しで終わる」という感覚を持てるあたりに集中時間を設定することが有効である。
このテクニックを活用するための方法が2つある。
自分の集中できる時間を把握する
大切なことは自分の集中できる時間を把握すること。15分で集中力が切れるなら、その15分の集中が終わるくらいのタイミングで残りの作業が全て終わりそうな量を残しておけば良い。15分で30ページの本を読めるとするならば、30ページ読み終わった段階で残りが5ページならば、もう一踏ん張り集中することができる。この状況を意図的に作り出すことが有効である。この積み重ねにより、人間の集中力は少しずつ伸びていく。
自分の集中力を知る方法は、ストップウォッチを使って2週間程度自分の集中時間を計測すること。これにより自分の平均的な集中時間を知ることができる他、曜日による集中力の違いも把握することができる。自分の集中時間を把握することで、目標とする仕事を終えられなかったことに対する自己嫌悪に陥ることも減る。
集中力の最低時間を知る
自分が一番集中できないときの集中時間を知っておくことも大切。集中力の最低時間を知っていることで、その時間を単位として仕事の予定を組むことができるし、最低時間でできる行動を考えておくこともできる。最低時間でできることがわかっていれば、やるべきことを先延ばしすることが減る。
メンタリストDaiGo 【服装】集中力が上がるファッションが発見される
お金をかけて服を変えるのではなく、ファッションに対する「考え方」を変えるだけで集中力が上がる。
「自分の着ている服がどのような用途で作られているのか」、さらに「自分がなぜこの服を着ているのか」を考えるだけで行動が変化する。例えば、運動しやすい服を着用することで体を動かす量が増えたり、研究者がよく着るような服を着用することで物事を深く時間をかけて調べるようになる。また憧れる人がよく着ている服を真似してみるのも有効だ。
つまり、成功するためには、自分が持っている服やこれから買おうとしている服の「象徴的な意味」を考えると良いということだ。